テキスト ボックス: 厳 嶋 神 社 由 来
大森海苔の守護神として古来より伝わる

かしこくも、当社の祭神は素戔鳴尊の御女市杵嶋姫命にまします。
謹みて創立の起源を神記口碑に因り案ずるに、安徳帝治承四年(紀元千壱百八十年)源義経は武蔵坊弁慶・伊勢三郎・駿河治朗等の朗徒を具し、東海道玉川の渡しを過ぎけるが、頃しも二百十日の厄日にて東西の風吹き荒び、舟は見る見る押し流され大森下に漂えば一同安き心なく、波方を望むれば小高き杜見えしかわ、これ神のおわします処と其の方に向い海上平穏を念じければ、不思議や風やみ浪治まりぬ。
義経霊に感じ、舟を瀬島につけ、葭をなぎ葦を分けて彼方の森を尋ねれば、ささやかなる社の縁に白蛇顕れいたり。
これ神の使いひめならぬ。
かしこし、厳嶋大神我等が運を守らせ給いしことよと、里人に語らい改めて森を拓き神殿を修理し、また船をとどめし処に注連竹を建て給う。
是れ当社創立、起立の起源にして今を去ること八百年に及ぶ是より里人等神徳を尊ぶこと愈々深く、海面守護の神として毎年正月
十一日水神を祀りしがある年海面に建てし注連竹に黒き苔生じければ、人々怪しみてこれを採り嗜めけるに味あり。
生酢干しかにして食せば殊に風味よし、翌年其の頃を計りて木枝多く建てけるに、またまた苔の生じければ種々製造法を考え、遂に現今の如き乾し海苔に製し年と共に製造するもの多し、海の苔即ち「のり」と称し鎌倉将軍に献上の栄を担い、
江戸幕府開かるるに及び毎年将軍家に献上し、維新の際まで変わることなかりしは人の皆知る処なり。
嗚呼、大森の名産とし名誉海外にたかき海苔の濫觴たる如斯にして、如何に我が厳嶋大神の海面御守護の御神徳高きかかしこくも尊きことにこそ。



厳嶋神社は弁天神社とも称し。
内海の守護神として平家一族のあつい尊崇の的であった。
広島県佐伯郡厳島町官幣中社厳島神社の御祭神と同じ市杵嶋姫命をお祀りしております。


東京都大田区大森東四丁目
三輪厳島 神社
(通称 弁天神社)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


                                       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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